何必館・香月泰男とか Kahitsukan's Museum

ブログの背景、そのときのイメージでちょこちょこ変えてみようかな・・・と思います。
京都はやっぱこの色かなあ。

京都に、行ってました。
二泊三日で。

お天気にも恵まれ、インフルエンザの影響か観光客もほとんどいない状態で京都を満喫できました。



仏像、寺、いろいろ見た中で今日は何必館と「香月泰男」などについて書きたいと思います。

京都の四条にある「何必館」という美術館。
名前も面白いし、調べたらちょうど常設展で私の好きな魯山人の作品があったので、旅行二日目に組み込みました。

四条通りは大変賑わっていて、ここに来ればさすがに観光客も多くいる。
そこに、商店と並んで何必館はある。横幅も他の店と同じように狭く、だけど上にながあく伸びている。
黒い建物に吸い込まれていくと、薄暗い1階のフロア。作家の紹介文とクレーの小作品が2点ほど。
このクレーの作品は、かなり色調が押さえられていて日本的わびさびを感じる。やきもので言うと織部のような。

小さな、ギリギリ3人くらいしか乗れないようなエレベーターがあって、それに乗る。地下で魯山人、2階3階では村上華岳、山口薫の作品があるらしい。
まず地下。エレベーターが到着し、扉が開くと、暗い。
地下の展示フロアはすぐそこなのに、短い通路があって、道幅がエレベーターの扉の幅しかないのだ。
天井も低い。これがとても圧迫感があって、1mほどしかない通路を過ぎるとパッと明るくなった。
部屋の全容が突然見えて、急に広さを感じた。これも演出なのだろうか。

魯山人を楽しみ、お次は上階、華岳、山口薫の部屋へ。
私はこの人たちの作品をあまり知らなかった。
有名なので画集などでは見ていたが、イメージでそんなに好みではないな、と思っていた。
が、素晴らしかった。
素晴らしい。
華岳の線に狂気を感じた。特に花の絵、朱の使い方が妖艶で恐ろしく、、、ヒ~~~。すごい。
山の描き方、朝顔の描き方、どれも見たことが無い描き方で、一枚一枚に驚きながら、感動しながら、見た。
山口薫もモヤモヤッとした可愛らしい絵、くらいにしか思ってなかったが、いやぁ~~なめたらあかんぜよ。
本物見ないとホント分からないね・・・
最近はインターネットで作品いいなあと思っても現物ガッカリ、ってこと多いけど、残る人の作品ってのはやっぱり違う。自分の生きてる時代だけで終わってしまう人の作品と、100年、1000年愛される、皆がどうにかして保存しておきたいと思う気持ちにさせる作品の違いってものを改めて痛感させられた。

さあ題名にもしている香月泰男ですが、最上階の5階にあった。
エレベーターで向かう。
扉が開く。
すると、今度は光がさんさんと降り注いでいる!
なんと。
すばらしい。

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先ほどまではずっと薄暗い室内、と来たので、無意識に5階も薄暗いだろうと思っていたのだろう。
それが扉が開いたら、目の前に小さな可愛らしい苔庭、新緑にかがやいたモミジが一本。天井には
まあるく穴が開いていて、青空から光が降り注いでいる。
すてき・・・・

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目の前には座り心地のよい、柔らかい革張りの長ソファーが用意されていて、しばしそこで休憩。
空から降り注ぐ光を、モミジの美しい影を、楽しんだ。

この場所をつくった人はいったい誰なんだろう。
小さな美術館だけど、とても上品で、趣向が凝らされていて、持っている作品も良品ばかり。
名前だけで作品を買うような、そんな馬鹿なことはし無さそうな人だ。
この建物全体に、凛とした美意識が貫かれている。

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館長は梶川芳友という人で、もともとお金持ちで始めたというわけは無さそうだ。
若いとき、素晴らしい作品に出会ってしまい、2年間のローンで一つの作品を買ったことが美術品と関わるきっかけになったと書いてあった。
またこの「何必館」という不思議な名も、面白い由来だった。

人は定説にしばられる。芸術でも定説に縛られ自由を失ってしまう。
定説を「何ぞ必ずしも」と疑う精神を持ち続けることが大事。

なるほど・・・


中庭の奥には茶室があって、そこに華岳の掛け軸がある。季節の花も飾られている。
時々はここで茶会が行われるのだろうか。

しばしの休憩を終えて、小部屋で香月泰男の小作品を10点ほど見た。
香月泰男に関しても、シベリアで捕虜になっていた人で絵が暗い、程度にしかしらなかった。
ここにあるのは野菜や昆虫、子供などを描いた絵で、色調は暗いけれども、作品からはしみじみとした、深い愛情を感じた。

横浜に帰って、相当疲れてたのに、その日のうちに香月泰男のことをネットで調べた。
魯山人も華岳も山口薫も、みんな良かったが、なぜかこの人の生き様が気になった。
ネットには美術館のHPがあって、運良く生い立ちについても細かく出ていた。
幼いうちに両親が離婚したこと、シベリアに長い間捕虜として生活していたこと、などなど。
そして最後、心筋梗塞で亡くなられた日。1974年3月8日。
ドキッとした。私は1974年3月9日生まれだから。
この人が亡くなった次の日に私は生まれたのか・・・・
何か縁を感じた。こういう感じは何かある。

山口県に美術館があるらしい。
いつか行ってみたいと思った。
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by sinzow | 2009-06-10 11:24 | アート
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